大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所豊後高田支部 昭和44年(ワ)21号 判決

原告

中川章

ほか一名

被告

藤本二三夫

主文

被告は、原告章に対し金一〇万二、八三八円及び之に対する昭和四三年八月一四日から、原告敦子に対し金八万一、二四五円及び之に対する昭和四三年八月一四日から各完済に至る迄年五分に依る金員の支払をせよ。

訴訟費用は、之を三分し其の二を原告等の連帯負担、其の余を被告の負担とする。

此の判決は、第一、二項に限り原告等に於いて各金参万円の担保を供託して仮りに執行し得るものとする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は、原告章に対し金一二三万八、八九三円と之に対する昭和四三年八月一四日以降完済迄年五分に依る金員を、同敦子に対し金二八万五、八九五円及び之に対する前同日以降完済迄年五分に依る金員を各支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、

「被告は、(イ)昭和四三年八月一三日午後四時四〇分ごろ、大分県宇佐市岩崎、国道一〇号線の岩崎警察官派出所前路上において、自己所有の自動三輪車(大分六そ一四―六一)を運転走行中、折柄原告中川敦子(妻)を同乗せしめて同中川章(夫)が運転し横断歩道前で信号待ち停車中の同人所有の普通乗用車に追突し、同車を急激に約一〇米前進せしめて同人に対し加療一三六日間を要する鞭打傷害、右膝打撲症等の、また同敦子に対し入院加療一六日間、全治一三四日間を要する鞭打傷害、背部、左肘部、上腹部打撲症の各傷害を与えた。而して右事故は、次のとおり被告の一方的な過失に因るものである。即ち、被告は常に前方を注視して安全確認のうえ進行すべき注意義務があるのにこれを怠り前車が信号待ち停車をしているのに気付かず漫然進行した過失に因り本件事故が発生したものである。(ロ)原告両名は、受傷後直ちに中津市栄町久持病院において診療を受け、同章は以後前同年一二月二四日まで一三四日間に同病院において三五回および同四四年三月五、六日の二日間に中津市大字大貞国立中津病院整形外科において二回それぞれ通院加療を受けたけれどもなお頸椎右僧帽筋部放散痛、右僧帽筋圧痛等労働者災害補償保険規則一四級九号に相当する鞭打傷害症状を後遺し、また同敦子は以後同病院において同四三年八月一五日まで二日間通院加療を受けさらに同月一六日から同月三一日まで一六日間入院加療を受け引続き同年一二月二四日まで一一五日間に四三回通院加療を受け漸く若干の症状を残して略ぼ治癒と云いうる状況に回復した。(ハ)原告両名は右傷害により同章について少くとも合計金一〇七万三、六三〇円、同敦子について少くとも合計金二三万八、二四五円、総計金一三一万一、八七五円を下らない損害を蒙つた。即ち

(一)  原告両名が被告の負担で夫々久持病院において前記の通り診療を受けた他、同章は自己の負担で国立中津病院において前記のとおり通院加療を受けて同病院に対し診療費金二、八三八円を支払い、同額の損害を蒙つた。

(二)  原告敦子は前記入院期間中の同四三年八月二二日以降同年九月一日まで一一日間、二子の教育監護を含む家政を中津市北門通り中津看護婦家政婦紹介所所属前田ミツに委託し、その料金として同紹介所長則松某に対し金一万一、二四五円を支払い同額の損害を蒙つた。

(三)  原告章は受傷当時福岡市天神二丁目所在山種証券株式会社福岡支店に勤務して同店から給与賞与等年額金一三二万〇、二〇〇円を受領して居つたので本件受傷がなければ、同人が昭和八年八月八日生であつて受傷の日である同四三年八月一三日以降社会一般の慣行に依る停年たる満五五年に達する同六三年八月八日迄のほぼ二〇個年間、職位の昇進および年功の積算による給与の上昇を考慮すれば、少くとも毎年右同額に逐年相当の金額を加算した額を下らない給与賞与等を受領し得べき筈であるのに、本件受傷に因り前記のとおり労働者災害補償保険規則一四級に相当する後遺傷害を蒙り、その労働力喪失率は労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表および労働基準局通達昭和三二年七月二日基発五五一号別表労働能力喪失表によれば五%であるから、少なくとも右期間毎年右年給与額に右率を乗じた額の利益を喪失したものと見積られ、少くとも右年給与額の五%である金六万六、〇一〇円の法定利率による単利年金二〇個年分の現価総額に相当する金八九万七、七九二円を下らない利益を喪失し、右同額の損害を蒙つた。

(四)  原告両名は夫婦であつて、共に二児の親として相協力して自らの生活を築き、特に同章にあつては前記会社の要職にある身として職務に精励し、また同敦子は家庭の主婦として家政を司り子女の養育に心を砕いていたのに、本件不慮の災害に因つて自からの身体的苦痛は固より一時職場を離れ、或いは家政を放擲して負傷の治療に専念するの已むなきに至り、その精神的苦痛は共に著しく、これを慰謝するには同章について金一七万三、〇〇〇円、同敦子について金二二万七、〇〇〇円を要するものである。

(五)  然るに被告は、前記のとおり原告両名の久持病院における治療費金一一万八、一五九円を支払つた他、原告章に対し金三万一、八四一円を支払つただけで、その余を支払わない。

従つて本件事故に基く損害として被告に対し、原告章は金一〇四万一、七八九円、同敦子は金二三万八、二四五円の賠償を各請求し得る地位にある者であるが、原告両名は受傷後被告に対して本件事故に関する示談のため常に被告と接触を保つて誠実な協議に努めたのに、被告は何等の誠意を示すことなく只管其の責任の免脱を計るのみなので、原告両名は已むなく本件につき、先に中津簡易裁判所に昭和四四年(1)第一、二号を以つて調停を申し立てたが右調停も被告の前記態度の為め不調となり、遂に本件訴訟に移行したものであるところ、原告両名はその際その訴訟代理を福岡県弁護士会所属弁護士荒木新一に委託し、同人に対して弁護士会の報酬基準に準拠し且つ事案に照して妥当な額の手数料及び成功謝金を支払うべき旨を約し、以つて少くとも同弁護士会会規第二号報酬規程第八条所定の報酬額標準の最低限に相当する手数料(原告章につき金九万二、九二五円、同敦子につき金二万三、八二五円)、成功謝金(同章につき金一〇万四、一七九円、同敦子につき金二万三、八二五円)、結局同章は金一九万七、一〇四円、同敦子は金四万七、六五〇円の各支払義務を負い、夫々同額の損害を蒙つた。

依つて被告に対し本件事故に基く損害賠償として原告章は前記各損害の合算額である金一二三万八、八九三円及び之に対する本件事故発生の翌日たる昭和四三年八月一四日以降支払済まで民法所定年五分に依る遅延損害金の、また原告敦子は同じく金二八万五、八九五円及び之に対する同じく前同日以降支払済まで前同割合による遅延損害金の、各支払を求める為め本訴に及んだ次第である。」

と陳述し、被告の抗弁を否認した。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、

「原告主張の前記請求原因の内、(イ)の事実は認める。尤も其の際、被告は前方注視義務を怠つたのではなく、前を走行中の原告車とは約三〇米の車間距離を保つて居り、同車が急停車した為め被告車も急停車の措置を執つたのであるが、荷台に載せて居つた小牛数頭の動揺が烈しくて操縦の自由を失い遂に原告車に追突して自車は傍の田圃に転落した次第である。又(ロ)の事実中、原告等が受傷後久持病院に入院、加療したことは争はぬが、其の余は不知、(ハ)の事実中、自賠法に依る保険金四〇万四、九九七円が原告等に支払はれたこと、被告が原告等の医療費一四万を立替、支払つたこと及び原被告間の調停が不成立に終つたことは認めるけれども其の他は争う。

本件事故に因る損害の賠償に関しては、事故の翌日たる昭和四三年八月一四日原告章の兄である中川淳と被告との間に示談が成立し、(イ)事故に因り破損した原告車は被告が之を引き取り同一車種の車を原告に引渡す(ロ)人身の損害は医師の検査に遵い被告に於いて責任を以つて保障する、との約定が為されたので、右(イ)に付いては即日被告所有のパブリカ四三年型デラツクス(原告車より約六万円高価なもの)を引渡し、(ロ)に付いては医師の証明に従つて被告は金一四万円を支払つて居る。従つて右以外の損害は原告等に於いて自賠法に依る保険金を請求すべく、之を被告に請求するは失当である。」旨陳べた。

〔証拠関係略〕

理由

原告章が原告敦子を同乗させて運転して居つた普通乗用自動車が原告主張の日時、場所に於いて被告の運転する自動三輪貨物車に追突され、原告等が負傷した事実は被告も之を認めるところである。尤も被告は、右事故は被告の前方注視不十分の為めに惹起したものではなく、原告車の急停車を視認して之に後続する被告も急停止措置を執つたけれども、当時被告車に載せて居つた数頭の小牛の動揺が激しくて操縦の自由を失い遂に原告車に追突した旨主張するけれども、凡そ数頭の小牛を載せて小型自動車を運転する者は、前車の急停車等不時の場合に備えて予め十分の車間距離を保ち且つ適当の速度を以つて自動車を運転すべき業務上の義務あること勿論であるから仮令前記被告主張の如き経緯であつたとしても斯る事情は、以つて被告の損害賠償責任を軽からしめる所以とはならない。即ち本件事故に於いて、被害者たる原告等に何等の過失も推定し難い以上、所謂過失相殺を云々する余地はなく従つて加害者たる被告の過失の軽重のみを彼此考量して見ても実益に乏しく、無用と云うべきである。

以上の理由に依り、被告は本件事故に因り原告等の被つた損害を全面的に賠償すべき義務あること言を俟たない。仍つて其の損害額に付き、原告主張の既記(ロ)及び(ハ)の(一)乃至(五)の各点に付き順次審按するに、〔証拠略〕を彼此総合、考察すれば原告主張の右(ロ)及び(ハ)の(一)(二)の各事実を認定することが出来るけれども同(三)の事実は之を認定し難い。即ち〔証拠略〕に依れば原告章が其の主張の如き会社に勤務し、其の主張の如き給与を受けて居ることは之を推定し得られるけれども、同人が本件受傷に基因する後遺症状の為め其の主張の如く将来五%の稼働能力を減殺されること並びに之が為め将来会社より受くべき給与の五%を喪失すべしとの主張は、其の立証不十分であつて到底之を採用し難い。

次に前記の(ハ)の(四)の慰藉料の点に付き按ずるに、原告等が既記認定の如く本件事故に因り受傷後、通院加療したるも尚お後遺症に悩みつつあること等一切の事情を考慮すれば、其の間に於ける慰藉料の額は原告章に対し金一〇万、其の妻たる原告敦子に対し金七万を以つて相当と認定する。次に前記(ハ)の(五)の点であるが、原告等が被告に対する調停の不調となつた後、自から東京地方裁判所に出訴したけれども其の後、事件は当裁判所に移送された為め更めて本件訴訟代理人に訴訟委任を為すに至つた経緯は本件記録に徴し明かである。

併し乍ら、凡そ交通事故に因る被害の賠償は、現代に於ては、先づ自動車損害賠償保障法に依る保険金の請求を以つてするのが殆んど社会通念となつて居ることを思えば本件賠償請求も被害者たる原告等に於いて自から如上手続を為すを以つて寧ろ当然とも云うべく且つ自から之を容易に為し得べき筈であり、故らに之を弁護士に依頼せざるを得なかつたと思はれる特段の事情は認められない。従つて仮令原告等が自からの都合に依り本件訴訟を弁護士に依頼した際、其の主張の如き手数料及び成功謝金の支払を確約し同額の債務を負担したとしても、斯る債務の負担行為が本件事故と相当の因果関係に立つものとは認め難く、即ち本件事故に因り生じた損害の一つと做すことは出来ない。

以上説示の理由に依り、本件事故に因る損害の賠償として被告が原告章に支払うべきものは既に認定の前記(ハ)の(一)の金額二、八三八円、同(四)の金額一〇万円、合計一〇万二、八三八円、又原告敦子に支払うべきものは既に認定の前記(ハ)の(二)の金額一万一、二四五円、同(四)の金額七万円、合計八万一、二四五円と以上各合計額に対する本件事故発生の翌日たる昭和四三年八月一四日以降各完済に至る迄年五分に依る法定利息と云うことになる。

被告は、本件事故に関しては、事故の翌日、原告章の兄中川淳と被告との間に於いて(イ)破損した原告の乗用車は被告に於いて之を引取り、同一車種の車を原告に引渡す。(ロ)事故に因る負傷の治療費は医師の証明あり次第被告に於いて之を補償する。旨の示談が成立し且つ被告は前記(イ)(ロ)の各条項の履行を為したのであるから此の上原告等に賠償すべき債務はない旨抗争するけれども、〔証拠略〕に徴すれば、右契約は事故の翌日(原告等の負傷の程度、予後の見透等も的確に把握しないまま)原告章の兄と被告との間に取り敢えず為されたものであつて、其の内容も只だ治療費は一応自動車保険に依る旨を約定したものに過ぎないものと解すべく、従つて受傷に因る医料費以外の損害(慰藉料、休業補償等)は之を抛棄する等の特約を為したものとは解し難いから被告に対し既記慰藉料の支払を命ずるに妨げとはならない。

以上縷説の理由に依り原告等の本件請求は既記認定の限度に於いて之を認容し、其の余は失当として之を棄却すべく、訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言に付き同法第一九六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 橋本清次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例